直感だった。
現実にはそこには誰も座っていない。
座ったとしても上段と下段の間にある仕切り板で座る事ができない。
もともと私は霊とか信じていない。
そんな事はあるわけはないと思っているのだが、その感覚は今でもはっきりと覚えている。
「そう、やっぱり誰か座っている…」
目では見えていない。
だけれど、頭の中ではそこには、白い髭をうっすら生やした白髪頭のオッサンが前かがみになり手を組んで座っている。
目で見た情報とは違う情報が頭の中で処理されイメージ化されている。
初めてだった。
そんな感じをしたのは。
世の中、見たものだけで構成されていると思うのは間違いかもしれない。
その押入れの前をビクビクしながら横切り、奥の部屋に散らばっている本の写真を撮っているが、どうも見られている気がする。
「そんな見ないでください…」
集中できずに、2階を早々と立ち去ってしまって、肝心な写真を撮り忘れた。 なんか悔しい。負けた気がした。霊を否定する材料はない。しかし、肯定する材料もない。曖昧で不思議な感覚、自分の知らない気象現象や物理的現象を「霊」と呼ぶ愚かな行為はしたくない。ただ、自分の経験や知識だけでは答が見つからない現象というものは確実にあると実感した。


とにかく蚊が多かった。尋常な数ではなかった。視界の中は軽く6〜5匹がウヨウヨしているのが確認できる。シャッターを押す手にすぐ蚊がとまる。肌が露出している顔の周りでは常にかん高い蚊の羽音。防蚊対策はとってあったので、幸いにして刺される事はなかったが、同行者が刺され過ぎてその後しばらく具合が悪くなってしまった。雰囲気はとてもリアルレトロで、写真を見る限りでは残留物も豊富で抜群の廃墟。診療所といシチュエーションも良いし薬の瓶がそのまま残っているところも素晴らしい。しかし実際の現場では、そうした事柄が付きまとう。ここを出た時に、蚊から解放された安堵感が一番大きかったかもしれない。
TOP